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ブランドの歴史



1837

1837年、音響学の才能に溢れたギュスターヴ=オーギュスト・ベッソン(1820-1874)は、パリで〈ベッソン〉ブランドを設立しました。 彼が生み出した革新的な第1号コルネットの音色、魂、理念は現在でも息づいています。 〈ベッソン〉の楽器は50を越える発明が許可され、またたく間にヨーロッパ中へと広まりました。


1858

アドルフ・サックスとの長い法的係争を経た後、1858年にギュスターヴ=オーギュスト・ベッソンは、ロンドンに工場を建設するため、パリを離れました。 〈ベッソン〉ブランドはパリとロンドンで楽器の製造を続け、流通のための倉庫をブリュッセル、シャルルロワ、マドリード、バルセロナに置きました。 1874年のギュスターヴ=オーギュスト・ベッソンの死に伴い、〈ベッソン〉は1580年フランスの〈フォンテーヌ・ベッソン〉とロンドンの〈ベッソン〉に名前を変えました。1819年にロンドンで生まれた、ヘンリー(・ジョン)・ディスティンが、同時期に優れた楽器職人としてその名を知られていました。


1872

ヘンリー・ディスティンと彼の開発した新しいフリューゲルホルンは、イギリスの金管バンドにおいて大きく発展しました。ディスティンの名のもと、新しい楽器が次々と開発されたのです。 1792年から続く楽譜出版社であり、1851年から楽器製造を手がけるようになった〈Boosey〉は1872年にディスティンのブランドを買収しました。 1878年、楽器技術の発明家D. J. ブレイクリーは、ディスティンとともにコンペンセイティング・システムを考案しました。ディスティンとブレイクリーは共同で新たな種類のホルンの開発と既存の金管楽器の改良を行いました。


1930

1930年代、S.M.L社(ストラッサー・マリゴ・ルメール)は全ての製品を〈ベッソン〉のために供給していました。 1957年〈ケノン〉社は、フランスの〈フォンテーヌ・ベッソン〉を買収しました。 同時期のロンドンでは〈Boosey & Co〉と〈Hawkes & Son〉が合併し、〈Boosey & Hawkes〉社が設立されました。


1986

19世紀末の1894年、ロンドンの〈ベッソン〉工場は131人の職人をかかえ、一週間に100もの楽器を製造していました。当時の顧客リストには10,000を越える音楽団体の名前が並んでいました。 熟練の技術と最新の技術により、〈ベッソン〉のコルネット、テナー・ホルン、バリトン、ユーフォニアム、テューバはこの分野におけるパイオニアとなりました。 多岐にわたるヴァルヴ・システムの研究により、〈ベッソン〉は金管楽器の飛躍的な発展をもたらしたのです。


2006

〈ベッソン〉は2006年にビュッフェ・クランポン・グループの仲間となり、ドイツとフランスにおいて新しい生産体制を築きました。 グループはクラリネット界におけるリーダー・ブランドとしての国際的なネットワークを基にして、技術、音響、生産、マーケティングにおける能力の全てを〈ベッソン〉ブランドの発展に注いでいます。


2012

この年、新たにグループ名を“ビュッフェ・グループ”へと変更しました。 これは、“管楽器における世界的象徴”という方向性のもと、それぞれのブランドが一つに集結した証なのです。

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